ウッドベルツアーズ

制約ばかりの人生を100年生きることは、結構しんどいと思うのです   

2020年06月16日

その人が、その人らしく生きているのであれば、それこそが「健康的」と言えるわけです。
あれもダメ、これもダメ、と、制約ばかりでは「その人らしく生きる」という意味では、不健康な状態にあるわけです。
仕事も同じ事ですその仕事は「自分」と呼べるものか?
ということで、別に職業差別をしているわけじゃありませんが、自分が反映されない仕事をするのって、人生の浪費だと思うわけです。
しかし、嫌だけど、より嫌なことを避けるために それを選ぶこともあります。
いや、どれを選んだって五十歩百歩だよと妥協をして進んでばかりいると!
いつも間にか、私たちの人生は、ずいぶん妥協まみれになっていきます。
健康も、仕事も、恋愛も、妥協の連続。
彼女、女房、女がいないからと、フィリピン女性を妻として、半生を送る。
それはそれとして悪くはないが、伴侶としては妥協に次ぐ妥協になる。
女の選び方と言う事では問題もあるかもしれない。
ここで生きるためにには、それは「最適」と言えるのか?ということです。
もちろん、ある種の理想主義者の様に、妥協しないこと、最適化することに固執したら!
それはそれで大変、生きづらい人生になってしまうかもしれません。
だから、自分にできる事、所からで良いのですが、今の状況は満足できているのではありませんか。
まあ、それしかできないという処が現状でしょう。
結局、人生も「総合力」で良いのです、「全体最適」と言ってもいいでしょう。
自分というものを最適化していく、どう生きることが「自分」と言えるのか?
健康にしろ、仕事にしろ、できる範囲で最適を問い、そして少しずつ全体最適をしていく。
そうすれば気づいたときには、人生が今よりもハッキリとした輪郭を帯びてくるはずです。
これが俺なの、これが俺の生き方という感覚。
もし人生100年生きるとしたなら、満足が出来る自分の生き方的な生き方をしたい。
コロナ時代って、こういった素朴な生き方感覚を浮き彫りにしたと想っています。
コロナに振り回される、あるいは(外的なものに振り回され)不況に振り回されるのは?
多分、振り回される分だけ、その人は、自分に最適化されていない物だったのでしょう。
だってそれは、外的な要因に最適化した人生という事ですからね。
仕事に最適化した人生は、自分では無く仕事が優先され仕事の状況に振り回される事です。
コロナによって自粛、皆感染症の恐怖に振り回され、経済と言う日常にあるものに振り回された訳です。
だから少しずつみんな気がつき始めているのです。
あれ!俺の仕事ってなに、俺の人生って何なんなの?と!
これから先もし、何年も続くって考えたら絶望的ですよね?
でももしかしたらコロナ的な感染症は(混乱の元は)毎度やってくるんです。
これから先私が20年も生きていれば当然、二度、三度とやってくる姿を見るでしょう。
その度にいちいち「俺の人生って何なの?」と思っていたら、アホでしょう!

Wood bell travel  Mの独り言

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