ウッドベルツアーズ

第2次世界大戦の爪あと   

2009年08月25日



前回も書いたが、ここクラークの基地の内と外には、旧日本軍の空軍基地跡が2箇所ある。
それにまつわる逸話も多く、初めて神風特攻隊が組織され、初めて初回の攻撃隊が編成されて、数機のゼロ戦が2,5キロ爆弾を腹に抱き、レイテ沖海戦に出撃し、特攻(戦艦に体当たり攻撃をし掛け)の戦果を収めた史実がある。
史実によると、帝国海軍第一航空艦隊201神風特別攻撃隊は、1944年10月、この地で生まれ、一番機が発進された、とある。
現在も、史実を象徴し、残っている場所がある。
一つは【マバラカット東飛行場】
飛行場といっても今は、高速道路に囲まれた三角地帯になっており、鳥居をくぐると芝生がきれいに整備されていて、正面奥左にフィリピンの国旗、右には旭日旗がコンクリートでかたどってある。
そのまん中に今では、神話と成った神風特攻隊員の銅像が立っている。
「神風東飛行場平和記念碑」、「Kamimaze EAST AIRFIELD PEACE MEMORIAL」
もう一つは、【マバラカット西飛行場】である。
東飛行場とは、当時、道を挟んで反対側に位置している。
1944年10月25日午前7時25分、神風特別攻撃隊として250キロを零戦に抱き、大日本帝国海軍第一航空艦隊201航空隊”関行男大尉、以下5名、直庵機4機がレイテ湾へ飛び立った。
この北側のバンバン川河原で、大西長官と、隊員たちとの水盃がかわされたと聞いている。
「わにのあご」にある空襲掩蔽壕】西飛行場の隣にあるが、こんな場所で多くの日本人が散っていったのかと思うと目頭が熱くなる。
まだ訪れてはいないが、201【航空隊本部】のあった場所(ここで神風特攻隊が編成された)という、そして、大西瀧治朗中将の記念碑、ここは、元海軍第一航空艦隊指令部があった場所でもある。
ここアンギレスのクラーク基地は、先の大戦の、歴史の街でもある、女遊び以外で、こんな史実も訪れて、訊ね!知ってほしいと思う。
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