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昭和19年十月十九日の暮れ方、マバラカット飛行場に降り立った男   

2009年10月19日

この人こそ、神風特攻隊の生みの親といわれる、大西瀧治朗(たきじろう)海軍中将でありました。
彼がマニラに着任したのが、同月17日、それまでの戦況は?と言うと!
米軍はすでに、レイテ湾のスルアン島に、上陸を、開始しています。
マッカーサーの、輸送船団の規模は、護衛の艦艇を含めて、合計730余隻。(第24軍兵力約4万人)
その大部隊のほかに、別働隊として、正規空母6隻、戦艦6隻、巡洋艦17隻、駆逐艦64隻という、ハルゼー艦隊が、陽動作戦を繰り返しながら、輸送船団の、レイテ湾上陸を支援していました。
それに対し、日本軍は?というと、レイテ島の守備に当たっていたのは、第16師団(牧野四郎中将)の一個師団8千人にしかすぎません。
陸上の決戦が、劣勢に立たされていた頃、第一航空艦隊の司令長官として着任すべく、連日、敵、機動部隊の、航空基地群への空爆に耐える、201空戦闘隊の基地、マバラカットに、降り立ちました。
其の時には、第一航空艦隊の実働可能機は、わずか40機、陸軍も60数機しかありません。
大西中将は、本部に着くとすぐ、捷一号作戦を、成功裏に導くため、特別攻撃隊の編成を下命します。
日本には、もう米海軍と太刀打ちできる空母は、皆無に等しい、敵方の空母の数は、我々が考えているよりもはるかに多い。
従って、すべてこれを撃沈する事は、できないかも知れないが、しかし、少なくとも1週間、空母の甲板を使用不能にすれば、栗太連合艦隊は、レイテ湾に侵入する事が出来『大和』『武蔵』超弩級の戦艦の主砲で、米艦船を蹴散らしマッカーサーの上陸を阻止する。
それしか!この戦局を挽回する手立がない!その為、零戦に、250キロ爆弾を抱かせ、体当たり攻撃をするしか、確実な攻撃方法が無い。
というものでした!、大西の提案を聞いた幹部達も、これに賛同し、その夜のうちに部隊編成が行われ、指揮官には、関 行男大尉、が選ばれ、これが、かの有名な、神風(しんぷう)特別攻撃隊の誕生でした。
すぐさま、大本営海軍部に、電報で伝えられた!内容は、次ぎのとうりです。
1)現戦局に鑑み、第201海軍航空隊艦載機26機、現有兵力もって体当たり攻撃隊を編成せり(内、体当たり機13機)
2)本攻撃隊はこれを4隊に区分、敵空母が、比島東方海面に出現の場合、これが必殺を期し攻撃せんとす。
  成果は水上部隊(栗太艦隊)のレイテ湾突入前にこれを期待す。
3)今後艦戦の増強を得次第、さらに編制を拡大の予定。
4)本攻撃隊を(しんぷう)神風特別攻撃隊と呼称す。
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