ウッドベルツアーズ

戦後社会の特攻論は二つの流れに分かれる   

2009年10月21日

一つは英霊論)国家の人柱という考え方で【彼らの死があって、戦後日本の反映がある】という言葉に代表される。
万が一の生還も期せず、航空機により体当たり攻撃をなし、尊い命を捧げられた特攻隊、戦没者の存在は、あの悲惨な戦争を繰り返さないと、強く願う日本民族の記憶に止め、慰霊をするとともに、特攻隊の存在を広く国民に伝え、戦争の教訓を次世代に伝承し、恒久平和を希求してやまないものであります。
(瀬島氏『戦没者慰霊平和記念協会』昭和18年挨拶より抜粋)
しかし、ここで触れている特攻隊員は、戦争というメカニズムの中で、人為的政策の犠牲者という視点が大きく欠落している。
もう一つは犬死論)天皇の支配、大日本帝国の、版図を広げるための、侵略戦争であり、それが不可能になった段階でも、それを維持、存続させる為に、本土を守るという大義名分で、ついやされた命であって、天皇制の弊害である。
広大な植民地を支配する、という無謀な計画により、起きた悲劇であり、彼らの死は無駄であったと、断じざるに終えない。
しかしこの(犬死論)は、たんなる歴史の傍観者として、天皇制を持つ国民を、ジャッジしているに過ぎず、特攻隊員の苦悩や懊悩(苦しみや、悲しみ)を足蹴にして、得意になっている、勝者の考え方とも言える。
しかし本当の所は、誰も解からない!まさに!自分がその境遇に置かれたら、どうする?・・と仮定して特攻を考えなければ!
それを命じた者、其れに殉じた者の、信条や思いも、わからずに終わると思います。
本当の教訓なり、反省も、今を生きる、私達には、汲み取る事が、できないのでは?とも想われます。
いま一つ、この戦史を見て、私が不思議に思うことは、特攻に出撃する前に取られた、若き、隊員達の写真を見ると、皆笑顔で、実に、晴れ晴れと言うか?すっきりした、迷いの無い顔をしている事です。
この数時間後には、敵艦に突入し、又は、撃ち落されて、死んで行くと決まっている者が、なぜ?あんな顔つきでいられるのか?
平時なら、これからが本番という、20才前後の若者が、何故あんなに、悟りきった覚悟が、出来るのでしょうか?
それが不思議で、調べ、見聞きして、感じ取り、知り、伝えたかったのです。
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