ウッドベルツアーズ

現れなかった栗太艦隊   

2009年10月23日

陸軍にしても、この捷一号作戦(大西中将が企画した栗田艦隊を、レイテ湾に突入させる為、敵空母を1週間だけ戦闘不能にする)支援作戦には、間に合いません、何故なら、体当たり攻撃部隊が編成されたのは、昭和19年10月20日で、捷一号作戦、発動2日後でありました。
必勝を期した、捷一号作戦には、もう一つの悲しい、話があります、それは(同10月25日)スリガオ海峡北端付近で、玉砕を遂げた、西村艦隊の話です。
栗田艦隊のレイテ湾突入を支援する為、ハルゼー提督率いる米機動部隊主力を、北方に引き付けるべく、小沢冶三郎中将の、囮部隊は、なけなしの空母4隻を失いながらも奮戦し、ハルゼーの釣り出しに成功した、それにも拘らず、栗田艦隊に電信が届かず?とされているが、真相は今もって解かっていない?
栗田艦隊は、レイテ湾口60海里(111キロメイトル)まで迫りながら、艦隊を北方に反転させ、作戦を中止してしまいます。
この時、栗田艦隊が、レイテ湾に突入できていれば、どれ程の、戦局の好転があった?かは、実際には、解かりませんが。
マッカサーの回想録には、西村艦隊、栗太艦隊、特攻隊の攻撃に対し【米側の損害は非常に大きかった、2時間半の息も付かせぬ戦闘の後、勝利はいまや栗田提督の懐に転げ込もうとしていた】という記述があります。(マッカーサー大戦回顧録)(下)中公文庫)
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